皆と同じことを楽しめない人
- シリーズ2

皆の仲間入りをしてはいけない」
M氏は射精困難を訴えて某大学病院を訪れました。訴えによると、結婚して5年になるのに子供ができないため、これまであらゆる身体的な検査を受けたものの、どこにも異常はないといわれたというのです。心理的な異常ではないかといわれて、勧められるままにカウンセリングを受けましたが、症状に何らの変化も起こらなかったそうです。
最近では、周囲の人々からさまざまにいわれ、このままいけば近い将来、離婚話が持ち上がらないとも限らないといいます。妻は今日まで自分の苦しみを理解してきてくれたけれど、それもいつまで続くかと考えると不安になるとも訴えます。
人工授精についても、夫婦で何度か話し合い、いくつかの病院に相談にいったものの、どこも体に欠陥がないという理由で断られたということです。最後にM氏は「何とか私の人生の危機を救ってください」と治療者に懇願するのでした。
治療者は面接を行った後、最終的に次のような治療契約を結ぶことにしました。
①一日も早く射精できるようになりたいというM氏の希望をかなえるように努力する。このため治療者は6ヵ月を目標として?氏とともにワークする。この期間中には離婚をしない。
②治療の目的は症状をとることだけではない。M氏としても、自分の病気の成り立ち、原因を理解するよう真剣に考えること。
面接を通して、次のことが分かりました。
まず症状ですが、性交時には勃起するものの、どうしても射精することができません。ここまで覚醒時に射精したのは中学3年の時、数学のテストを時間内に解かなくてはと焦ったときに一度、大学時代に汽車に遅れまいと急いだ時に一度の計2回だけということでした。
中学時代は勉強一本で槍で「ガンジー」というあだ名の通り、何をされても反発したことがありませんでした。大学に入ってから、はじめて性的なことに関心を抱くようになりましたが、男性を性欲の対象と感じた記憶はまったくないということです。夢精は年に数回起こります。
また性行為に関して、M氏は常に誰かに見られているような気がするといい「恥ずかしい感じ」が強くつきまとっているとのことです。ただし夢精についての考え方はこれとは別で「夢は自分一人の世界であるから射精してもよいのだ」という考えを持ってきました。しかし最近では、その夢精もほとんど起こらなくなったので、非常に不安な気持ちだと語りました。
M氏は勤務の都合もあって、二週間に一度のペースで新幹線で長時間かけてワークをしに通ってきました。治療者は心に植えつけられる禁止令についての説明をした後、両親の生活態度、しつけ方、教育方針、自分に対する期待などについて考え、自分がこれまでどんなメッセージ(非言語的なもの)に従ってきたかについて、できるだけ簡潔な言葉で表現することから始めました。多くの作業は、家で宿題という形で行われましたが、週に1,2度の電話による短い会話も、患者さんのイニシアチブの下で行うものについては行うことにしました。
生活史的な話の焦点は、おのずと父親にしぼられ、M氏は次第に次のような体験を話すようになりました。
父は、姉と妹の間にはさまれた、たった一人の男性である僕に対して、異常なほど厳しかった。たとえば大学時代に酒に酔って帰ったりすると「勘当だ」などと怒鳴り、滅茶苦茶な叱り方をした。父は元来こんな性分で、子供の頃は毎日が怖かった。普通、どこの家でも許されていることが僕の家では許されていなかった。
治療者はM氏に、記憶をたどって、はたして幼少児期に、この種の体験が多かったかどうか探ってみるように伝えました。その結果、?氏は「僕の中には普通の人がやってることをやってはいけないという禁止令が働いているようです」と答えました。
この時点で治療者は「あなたは普通の人がやることは何でもやっていいのです」という最初の「許可」を与えてみました。その後2,3週間にわたってM氏は「僕は人より15年遅れています。今日はプレイボーイ誌をはじめて買いました」とか「結婚して5年目になりますが、妻にはじめて自分の食べたい料理を要求しました」などと、うれしそうに報告してきました。
そこで治療者は、この種の「許可」をさらに具体化して「オナニーをしてもよろしい」「妻の性器を見てもよろしい」といった内容へと進めていきました。
治療開始3ヵ月目に、M氏はオナニーによって初めて射精を体験することができました。しかし、これは個室で一人で一時間以上かけて行ったもので、妻の前では依然として不能の状態が続いています。治療者はこの時点で、父親のセックスに対する態度を想起して、そこに何らかの禁止令が潜んでいないものか、探してみるようにすすめました。
M氏によると、父親は厳格な教育者でしたが、その書斎には多くの裸体画や裸体像があり、こと性に関しては自分と正反対で、きわめてオープンな人だったといいます。しかし同時に父親は性についてM氏に一度も忠告したり、具体的な指導を行ったことはなかったという事実の明らかになってきました。この種の記憶をたどっていく前に、彼は「僕は父から、セックスは一人で楽しまくてはいけないという禁止令を受けていることに気づきました」と語っています。
そこで治療者は再び「セックスは二人で楽しんでもいいのです」という許可を与えてみました。これを契機に、M氏は性に関する医学書や啓蒙書を読み始めています。この頃、治療者は?氏の妻とも面接して、夫への協力を働きかけました。彼女は夫が打って変わったように朗らかになったこと、オナニーによって射精できるようになってからは、二人の間に存在していた離婚の危機が遠のいたことを報告しています。
その後、M夫婦は二人の子宝に恵まれて、幸せな家庭を築いています。これは「未完成婚」の症例としても興味深いケースですが、本題に戻って「私はなぜか例外者なのだ」「皆と同じであってはいけないのだ」といった幼時の反応に基づく禁止令を考えましょう。
この禁止令は、次のような生育過程によって発信されることがあります。
〇親がエリート意識が強すぎたり、何らかの疎外感を抱いていたため、家族として孤立した生き方をしている場合。
〇親が厳しい宗教教育を施したり「うちは代々の名家で、ふつうの人たちとは違うのだ」といった家族神話が継承されている場合。
〇帰国子女といわれる人に、子供時代を海外の自由な雰囲気のしたで過ごした人びとが、帰国後この種のメッセージを感じて帰属感を喪失する。
次のような閉鎖、孤立の傾向がある人にもこの禁止令が作用しているかもしれません。
〇宴会、職場旅行、カラオケ大会、集団スポーツなどに、なぜか参加をしぶる人。
〇「うるさい関わりに巻き込まれるのはイヤ」「ひとりが一番楽なんです」など、一見適応的に見える人が吐くホンネ(同調的引きこもり)。
〇同じ能力を持ちながら、同僚と違って“貧乏くじ”ばかり引いている人。
〇自分の所属する職場とか団体などを持たないフリーター。
