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どうしてもホンネが言えない人

  • シリーズ2

「感情を言葉に出してはいけない」

M子さんは長年、筋痛症を病んでいました。これは腰、背中、首などが激しく痛んだり、こわばったりする病気で天候、クーラー、寒冷などにも影響され、とても辛いものです。詳しい検査の結果、M子さんには体の面での異常はなく、むしろ本人の性格や生活習慣が関係していることが分かりました。

この人の特徴は、普通の人々に比べると感情をまるで反対の形で表すというものでした。
たとえば、みんなが楽しそうに歌ったり、はしゃいだりしている時に仲間に加わらずに寂しそうに外から傍観しているだけなのです。ですから社員旅行やパーティーにM子さんを引っ張り出すのに、幹事さんたちはいつも一苦労でした。
「行く」という返事で安心していると、2.3日後に「行きません」と変更し「では本当に欠席ですね」とリストから外しておくと、直前になって「やっぱり参加することにしました」という具合です。
さんざん手こずらされた同僚の中には「勝手にしなさい!私たちはあなたのお守をしてるんじゃないのよ」と業を煮やす人も出てくる始末です。

ところが、こうした反面、彼女の忍耐強さはまた格別でした。どんな用事を頼まれても、嫌な顔ひとつせず、引き受けてくれます。
同僚たちが不平不満を言い、怒るような場面でも、彼女だけは落ち着いて笑みを絶やしません。上司からどんなにひどく注意されても、他の社員のように意気消沈することもないのです。

むしろ苦痛が増せば増すほど、笑顔が現れるといった印象です。こうした不自然な感情生活のあり方が、体にストレスをもたらし、過度の緊張から筋肉の痛みを起こすことは十分にありうるのです。

こんな形で職場にいれば、人間関係もなかなかうまくいきません。M子さんは一人周囲から取り残されて孤立しています。能力に恵まれ器量もいいのだから、もう少し社交的に振る舞ったら人生はもっと楽しかろうにと誰もが思うのですが、本人はこれが持ち前の性格なのだから仕方がないと主張するだけなのです。

さてこのような「楽しい時に憂うつになり、苦しい時にニコニコする」というM子さんの感情パターンは、一体どのように出来上がってきたのでしょうか。実はこれには、およそ次のようなストーリーがあったのです。

M子さんは、幼い頃はとても明るいおおらかな子だったといいます。とこるが小学校にあがる頃から、母親が病気になり、床につくようになりました。しかし遊びたい年頃ですから、友達を家に連れてきます。
でも彼女が皆と楽しくはしゃいでいると、父親から決まって「お母さんが病気なのに、どうしてうるさくするのか」とひどく叱られるのです。
やがて彼女は、楽しくするのは悪いことのように感じ始め、遊んでいる友人の姿を見ても、仲間に加わってはいけないのだと幼い心に決めたといいます。

ところが、そんな淋しい気持ちをこらえて、一人静かに本を読んでいると今度は父親の満足そうな、優しい声が聞こえてきます。「いい子だね、静かにしていて。お父さんは、そういうお前が大好きなんだよ」そして父親は、次から次へと本を買ってきてくれるようになり、彼女はそれを笑顔で迎える習慣が出来上がっていったのです。

子供にとって親の愛情がすべてです。苦痛を感じる場面で笑顔を見せ楽しい場面に無関心を装うことで、親から愛情をもらえるのなら、子供はさほどちゅうちょせずに、自分の感情のパターンを変更することもできるのです。
M子さんの場合も、本来の自然な感情的生活が、いわば人工的に別のパターンに取り換えられてしまったのです。
これも禁止令が影響を与えている例の一つということができるでしょう。

心と体が密接に関連する病気・・・心身症といいます・・・を理解するのに「アレキシサイミア」という言葉がよく用いられます。このギリシャ語は「失感情言語症」とか「失感情言語表現症」などと訳されています。今日アレキシサイミアは心身症ばかりでなく薬物嗜好、アルコール依存症、あるいは問題行動を起こしやすい性格にもみられることが分かってきています。

“アレキシサイミア”とみなされる人の特徴をまとめると、次のようになります。

?感情を言葉に出して表現することができず、身体の障害の方を体験しやすい。
例えば、胃潰瘍や潰瘍性大腸炎で血便が出ているという深刻な状態でも、感情(ショック、恐怖)を表さず、全身の痛みや胃痛などをしきりに訴えるのです。

?「機械的思考」と呼ばれる特有の思考様式が見られます。日常生活の出来事を、事実中心(いつ、どこで、誰が、なぜなど)に細かく説明する傾向があります。その内容が退屈なので、対人関係の場で楽しいコミュニケーションが発展しません。

?社会生活を見ますと努力家、やり手といったラベルを貼られて高く評価されることもあります。

アレキシサイミアは特定の性格ではなく、病院CCU(冠疾患集中治療室)に勤務する看護師さんや、人工透析を受けている患者さん、あるいは一時的に死線をさまよう患者さん、さらには科学万能的なお医者さんにも見られるので、対人関係の場でコミュニケーションの特徴と考えるのが正しいと思います。

コミュニケーション障害の基になるこの禁止令は、病気の他にどんな形で現れているでしょうか。
次にいくつかあげてみましょう。

〇1998年の東京都の調査によると、女性の3人に一人が夫から殴るけるなどの身体的暴力を受けている実態が明らかになったといいます。暴力のきっかけは日常の言葉や家事などの「ささいなこと」が多かったそうです。「自分の気持ちを相手に素直に伝えるなんてとてもできません。そんなことをしたら男の沽券にかかわると、しゃにむに自分の思う通りに従わせようと、時には暴力に及んでしまうのです」・・・こらが代表的な男性の弁明といえましょう。

〇栃木県の中学校で、1年生の男子生徒に女性教師がナイフで刺されて死亡する事件が起きました。また家庭内暴力といわれるような親を殴る子供たちも、七十年代後半から注目されるようになりました。その数は減っていないと言われます。こういう子供たちは一般に感情を言葉で表現することが苦手で、家庭外の対人関係の広がりに乏しいのです。

〇看護学校の先生方の嘆き「この頃の看護学生の中には頭はいいのだが、まったく他人とコミュニケーションのできない子が、毎年入学してくるのです。病棟の実習に出ても、ただ患者さんの側に突っ立ているだけで、まったく言葉かけができないのです…。このままナースになられたら困るのです」

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