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愛とは相手のために時間を使うこと

  • シリーズ2

愛とは何でしょう?いきなりの質問で驚かれたかも知れませんが、精神分析では、愛とは相手のために、相手本位に時間を与えることにあると考えます。(T・ブラトエー)

例えば、治療中の患者は、医師との間に完全に自分だけのための時間を持つことが許されます。それは自分が相手を完全に独占でき、他者の介入の心配がない時間です。ああしろ、こうしろと、その使い方を相手から指示されることもありません。そして子供が成長する上でも、こういう「徹底的に自分本位の時間」を、親が共有してくれる体験が必要なのです。

不登校や心身症の親子関係を見ると、この「子供本位の時間」が欠けていることが少なくありません。親子の間に膨大な時間が費やされていたとしても、その時間のほとんどが親ペースで独占されているのです。

家族面接をしていて、母親がことあるごとに子供を遮って発言する場面に出くわすと、この家族の交流パターンの縮図を見る気がします。

こうして一方通行的な交流のもとでは、子供は自分の心中を訴え、理解してもらうための時間をまったくといっていいほど与えられません。その結果、不登校、問題行動、心身症という形で自分を訴えることになります。

では子供本位の時間を親子が共有するとは、どういうことでしょうか。これに答えるためには「ストローク」という言葉から始めなければなりません。

ストロークとは、もともと「なでる、さする」など体を愛撫する意味の言葉です。これに精神的な意味を加えたものを、交流分析ではストロークといいます。言葉で褒めたり、目で同意を示すといった動作や、もっと広く「私は、あなたがそばにいるのに気づいていますよ」「あなたは、かけがえのない大事な人なのですよ」と、相手の存在や価値を認めるようなさまざまな刺激をストロークと呼びます。

ストロークを与えたり、もらったりする手段には三つの種類があります。まず、スキンシップです。子供を抱きしめたり、なでたりする行為がこの代表ですが、成人の間でも握手をしたり、肩を叩き合うという形で行われます。
また身体的な接触という意味で、性行為もこの種のストロークになります。

次に言葉によるストロークです。相手に挨拶したり、話しかけたりして、その存在を認めるのです。褒めたり、励ましたりすることが、この種のストロークの代表的なものです。

最後に身体的接触や言葉を用いない手段があります。まなざし、うなずきなどで相手の存在を認めるというものです。何もいわずに、じっくり相手の話に耳を傾けることも、十分なストロークといえます。

人間はなぜ、人を求めコミュニケーション(交流)したがるのでしょうか。それはストロークを交換するためなのです。言い換えれば、自分本位の時間を与えられず、十分にストロークをもらえない人間は、うまく人生を歩めないといってよいでしょう。

これまで述べてきたゲームや脚本は、このストロークのやりとりに問題がある人たちの生き方なのです。とくに人はストロークの欠如した状態になると、ゲームを演じることが多くなり、一見奇妙な行動をとることがあるのです。

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