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けがや事故ばかりする人

  • シリーズ2

「存在してはいけない」

6歳のK君の話です。
K君の母親は、心臓病で手術のかいなく亡くなった長男のA君のことを、なかなか忘れることができません。

この母親は客がくるたびに、A君アルバムを開いてみせ「あの子は本当に可愛い子でしたの。目のパッチリした、鼻筋の通った…。それに引きかえ弟のKときたら…」と口癖のようにいうのです。

こんな雰囲気のなかで育っているK君には、どうも事故が多すぎるようでした。遊び方がひどく乱暴で、塀の上から飛び下りてけがをしたり、ガラス戸に頭から突っ込んで何針も縫ったりといった具合なのです。

ところが母親は、驚いた様子を見せません。
とうとうある日、周囲の人たちが心配していた通り、K君は道路に飛び出し、交通事故に遭ってしまいました。

幸いなことに、命にかからるような大けがをしないで済みましたが、K君の枕元に付き添っていたおばあちゃんは、K君が次のような言葉を口にするのを聞いて、びっくりしてしまいました。

「死ぬといいなー。だってお兄ちゃんは、ママからあんなに可愛がってもらえるんだもん」おそらくK君は、お母さんの態度を「可愛がってもらいたかったら、お兄ちゃんのように死になさい」というメッセージに翻訳して受け取っていたのでしょう。

恐ろしいことですが、親は我が子に対して、知らず知らずのうちに「家にいてはいけない」とか「生きていてはいけない」といった禁止令を下していることがあるのです。

こうした命令は、直接言葉で下されることはほとんどありません。親の態度や行動のなかに潜む、いわば隠されたメッセージなのです。

しかし子供は、一体どうしてこんな狂気じみた親の命令に従うのでしょう。以前、紹介した「三つの自我状態」の箇所を思い出してください。人の心には、P、A、Cという三つの自我状態が存在します。

しかし子供時代には、PとAがまだ十分に発達していません。親との関わりは、C中心に行われています。そのため親からのメッセージは、たとえ冗談だったとしても、子供のCによって重要な指令として受理される場合が多いのです。

子供はもともと無力ですから、親の愛情と保護を得るためには、どんな犠牲をも厭いません。たとえば喘息の子が母親から「いつもでも赤ちゃんでいなさい。そうすれば可愛がってあげる」という無意識の命令を受けたとします。
その子は、たとえ発作で大きな苦痛を味わっても、病気のなかにとどまることになるでしょう。

なぜなら、病気によって母親の手をわずらわせることが、いつまでも赤ちゃんでいるということになり、命令に素直に従うことになるからです。
奇妙な話ですが、喘息がよくなって健康になることの方が、かえって親に対する命令違反になるからです。

このように、自ら求めて破壊的な行動に出る人は「存在してはならない」といった禁止令が働いていることが多いのです。

この禁止令に支配されている例をあげてみましょう。
〇ファン・ゴッホは「狂気と天才」の間を生きた悲劇の画家といわれます。あの有名な「耳切り事件」とそれに続くピストル自殺で生涯を閉じています。
彼には自分の誕生日のちょうど一年前の同月同日に死産した兄がおり、自分と同じ名前を刻んだ墓が協会の墓地にありました。
このことが幼少期のゴッホの心理に強い影響を与えたことは、多くの作家たちによって指摘されています。

〇厚生省は、1999年の自殺者が二年連続で3万人を超えたと報告しています(2003年は3万4000人以上)それまでの日本の年間の自殺者数は2万~2万5千人程度で推移していたのに、ここに来て交通事故による死者の3倍に達したことから、厚生省も放置できない規模と判断しています。

不況による業績不振、リストラなどを引き金に、家族にも悩みを明かさず、自殺を選ぶ中高年男性が後を絶たないのです。「団塊の世代」を含む五十代は、若い時から自殺率の高いことが知らされています。
幼少期から身につけた強い責任感は、自分ひとりで破局に臨み、最後には消えていけばよいという存在否定の考えに向きやすいようなのです。

仕事中毒的、バブル的行動は、内なる「うつ」を否認するための絶望的な試みといわれています。第二次世界大戦の敗戦によって、心の支えを失って「うつ」に陥ったに違いない彼らの親たちの思いが、禁止令の源のように思われるのです。

〇小学生を含む子供たちの凶悪犯罪が世間をびっくりさせています。その多くに幼少時から継続的にいじめられた体験が見られるといいます。
そのうちの一人が自分の行為の動機について告白しています - 「消されないためには、消すしかないのだ」

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