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もっともらしい理屈をつける人

  • シリーズ2

「弱みの正当化」

「弱みの正当化」のゲームは、責任を回避したり過ちを弁解するため、自分の限界や弱点を誇張して、相手を納得させようとするものです。

全般的には「ひどいもんだ」あるいは「不幸な私」に似て、自己否定的な構えが強調されますが、自分のハンディキャップをうまく合理化(もっともらしい理屈をつけて正当化すること)する点が特徴です。

その主旨は「私はハンディキャップをもった人間です。こんな私から何も期待しないでください」というものです。

次のような申し立てが代表的なものといえましょう。
・「私は子供の頃から喘息があって、普通の子供たちがすることを、やらせてもらえなかったのです。こんな病弱な私に今さら何をやれというのですか?」

・「両親は、私が幼い頃に離婚したのです。その後、親戚を転々としたために、性格はすっかりひねくれてしまいました。こんな私に素直になれといっても無理な話です」

・「私は高卒です。ここじゃ、そんなに一生懸命やったって、私みたいな者は万年平社員だといわれています。どうせやってもダメだと分かっていながら、やる気は起きませんよ」

・「えっ、胃潰瘍を治すために煙草をやめろとおっしゃるのですか。でも、もう30年も吸っているのです。病気も治したいが、いかんせんこれだけは無理な注文というものです」

自分の限界を合理化してしまい、それ以上試行錯誤して前進しようとしない傾向は、最近の若者たちにもよく見られます。

彼らは多くは、人生の先が見えていると感じています。生まれ落ちた時から、母親が子供の進路を心配し、小学校の頃は「がんばらないといい学校に入れないよ」と勉強を強いる。

中学や高校での進路相談も徹底しており、教師から「あの学校はいい学校だが、君にはまず無理だ」とか「君の力で行けるところは、ここぐらいだろう」と振り分けられ、生徒はほとんどそれに従っているのが現状です。
こうして若者たちは試験の成績が振るわないと、目標を一つランク落として、失敗を避ける習慣を身につけてゆきます。

生徒の学力に合った高校や大学は、実力テストの結果をコンピュータにかければ出てくるわけで、若者たちはそれに基づいて自分の生活設計、さらには人生そのもののイメージまでも作りあげてしまうのです。

この間に、人生に対しての巨視的な観点からの教育がないと、若者たちは「何をやったって、どうせ行き着く先は決まっているんだ」といった無気力な負け犬的な姿勢ができてゆきます。

彼らにとって人生の壁は、それにぶつかって克服し、その内容を豊かにするためのものではなく、むしろぶつかれば必ず挫折する強固な現実と映るのでしょう。

最近、オリズムとか「斜め向きの姿勢」ということがいわれます。若者たちは目の前にある目標には、ひとまず向かっていくポーズはとる、しかし挫折を恐れて行動はとらないというものです。

こうした「学生無気力症」と呼ばれる若者は、周囲の心配をよそに本人はそれほど悩んでいるように見えず、むしろケロリとしていることが多いのです。
彼らに「なぜこうなったのか」と問いかけると、自分が直面している困難な状況について、まるで他人事のように説明するのです。

このゲームはいわゆる「疾病への逃避」の場合にも演じられます。
今はだいぶ減りましたが、鞭打ち症などの外傷性疾患の心身症に見られることがあります。
患者さんが、はじめて診察してもっらた医師に不信を抱くと、その後の医者・患者関係がこじれ、実際の症状は軽くても、いろいろな心理的な要因が加わって治療に困難をきたすようになるケースがあります。
これが疾病への逃避ですが「弱みの正当化」のゲームの可能性があります。

骨折や捻挫などで、この種のゲームが演じられるのは、自分の過失でケガをした時よりも、他人に受傷させられたり、あまり気乗りしない仕事中に起こった事故の場合の方が多いようです。

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