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つねに悲劇の主人公になりたがる人

  • シリーズ2

「ひどいもんだ」

次は「ひどいもんだ」のゲームです。このゲームは、ことあるごとに自分を被害者や悲劇の主人公に仕立て上げ、いかにもひどい目にあっていると、おおげさに周囲に宣伝するというものです。

こうして他人の同情や特別扱いを期待するわけですが、それがあまり度を越したり客観性を欠いたりするために、かえって相手から怪しまれ非難を招く結果に終わります。

イソップ物語の中に、くり返し「狼がきた」と嘘をついたために、まさかの時に信用されなくなってしまった少年の話がありますが、これに似ています。

「ひどいもんだ」を演じる人は悲観論や自虐趣味を隠れみのにして、自分の方に利益や同情を引きつけようとたくらむ結果、最後には周囲から「憎まれっ子」扱いをされます。
日常に見られる、この種のゲームの例をいくつかあげて観察してみましょう。

◎患者さんの中には、焦点のはっきりしない心身の故障を訴え、それらの症状についてしつこくこだわる人がいます。こうしたいわゆる「心気症的」な人は、病院を転々とし自分の状態がいかに「ひどい」ものかを訴えて、治療者を自分の方に適用させようとします。
しかし治療者の多くは、これに付き合いきれないので、怒りを爆発させるか、適当な口実をもうけて治療を打ち切ることになります。
この時点で患者さんは、自分が治療者から嫌われ拒まれた(OKではない)と感じるのです。

◎疾病利得・・・これは初めはそのつもりでなかったのに、治療を受けている間に病気の状態でいる方が都合がいい、厳しい現実からしばらく離れていたい、といった心境になってしまうというものです。

そこで C が病気の経過を長引かせたり、増悪させる画策をするのですが本人の A はそのからくりを意識しないのが特色です。
たとえば病気やケガを契機に家人の態度が以前にも増して優しくなり、愛情や理解が増すことがあります。また社会的責任を免れる立場に置かれる場合もあるでしょう。

病気が治ることは、人によっては、こうした利益を手放す意味を持ちますので、心の奥底で治療への抵抗が生じるのです。
特に金銭面での補償問題が絡んでくると、治療過程はいっそう複雑化してきます。病人と関係者との間に「体は異常がないのだから仮病だろう?」「現にこんなに痛みに苦しんでいるのに仮病とは何事だ!」といったやりとりがくり返され、時には感情的にも傷つけ合い、なかなか「名誉ある休戦」に達するのは難しくなります。

ただし、なかには結婚に破綻が生じるとか職場を解雇されるなど、苦悩がさらに加わる状態になると症状の方はかえってよくなるといった、一見矛盾した結果が起こる場合もあります。
これは無意識のうちに自己処罰の願望をいだいているタイプと考えてよいでしょう。

◎最近「アダルト・チャイルド」という言葉が一時のブームになりました。これは本来、親がアルコール依存症で幼いときに充分な愛情が注がれなかったために成人後も精神的な不安定さを訴える大人を指すものです。
ところがブームが巻き起こるにつれ「今まで自分が満たされなかったのは、親が厳格すぎるため」など、不幸や失敗の原因を全て親の子育てに結びつける「自称アダルト・チャイルド」が増えているといいます。
「生きづらさは親の責任」と決めつけて騒ぐ若者に、このゲームが見られます。

◎婦人運動家・・・残念ですが、ウーマン・リブの運動の類のなかには、ただ男性を誹謗することに終始し、建設的な方策を欠くために女性たちの支援さえも失うという結果に終わるものがあります。

こうした自立精神の最も優れているはずのリーダーたちのなかにも、男性の無理解や福祉政策の欠陥を指摘するだけで、その行動に自立の精神(たとえば自腹を切る)が見られないことが多々あります。
これも「ひどいもんだ」のゲームを演じている可能性があります。

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