いつも肝心なところで失敗する人
- シリーズ2

「愚か者」
世の中には、何事も一生懸命やるのですが、肝心なところで失敗して、まわりの人々から「しょうがない奴だなー」とか「バカだなー」と言われる癖のある人がいます。
たとえば子供ですと、一晩かかって宿題をやったはずなのに、翌日学校で答え合わせの時間になって、間違ったページをやってきとことに気づくといった具合です。
お使いを頼まれると「はーい」と気持ちのいい返事をして外に飛び出すものの、しばらくして「お母さん、何を買ってくるんだっけ」といって戻ってくる子や、空っぽのランドセルを背負って学校に行く子も、この仲間です。
こうした変な間違いをくり返すので、彼らは早晩「間抜け」とか「とんま」とか「そそっかしや」といったあだ名を頂戴することになります。
大人になっても失敗は続きます。旅行の準備を万端整えて空港に行き、グループと歓談し、いざ搭乗手続きという段になって「あっ、航空券を忘れた」といい出すのです。
その他、大学受験に肝心の受験票を忘れたり、講演を引き受けておきながら日時を間違えたり、頼まれて買い物に行ったのに財布を忘れて、届けさせたりする人も、この種のゲームを行っている可能性があります。
もし周囲の人が「また、あんなバカなことをやって。本当に抜けているなー」と苦笑いするようなら「愚か者」のゲームと考えていいでしょう。
「愚か者」は、幼児から「私はバカなのだ。私はOKではない」という自己否定的な構えを身につけて、自分は失敗者であるという自己像を持つ人が行うゲームです。
したがってバカバカしい失敗をして、それを二度とくり返すまいとする人と「愚か者」を演じて、自分のバカさ加減を証明したがっている人との間には歴然とした差があります。
◎「愚か者」の常習者は心から許しを請うことはありません。
多くの場合、失敗したときニヤニヤと自嘲的な笑みを浮かべています。
◎普通の人は「バカ」とか「間抜け」といわれると怒りますが、このゲームを行う人は、バカとして扱われる
ことに満足しています。
◎「愚か者」の常習犯は、周囲から寛大に扱われると不安を示します。
すぐにまた何か失敗をして、自分が間抜けで あることを自他ともに認めさせようとします。
◎普通の人は失敗すると奮起こそすれ、いつまでも自己卑下の感情のなかに浸かっているようなことはありません。
ところが「愚か者」を演じる人は、夢うつつになって、いつまでも自分を責め続けます。
この四つのなかでも、最初の場違いで不可解なニヤニヤ笑いは「愚か者」のゲームを見抜く上での重要な手がかりです。
「愚か者」を演じる人の信念は強いもので、他人からアホといられたり、そそっかしさを責めてもらうことを、心の奥底で望んでいるのです。
ではどうしてこんなバカげたゲームを延々と続ける人がいるのでしょう。
一見、知能が低いように振る舞うので、遺伝的な原因ではないかと疑われますが、優れた資質を備えていることも多く、大部分の人は脳の障害とは関係ないものと思われます。
むしろ親子の交流のあり方に一つの特色があるのです。それは親が子供や配偶者のしくじり、いたずらを、必ずといっていいほど笑うというところです。
こういう親のもとでは、子供は「愚か者」でいる限り、自分が欲しい注目や愛情をもらえるものと、その C で信じ込んでしまうのです。
最近注目されているアダルト・チャイルドと言われる人々のなかに、このゲームを演じている人がいることが明らかにされ、クラウン(道化役)と呼ばれています。
